『夢のアルケー』(2013)

地域性と豊かな文化の交差する奈良県来迎寺の空間において、かつてあったものと今はないものという、自他の内外を循環する記憶を、映像インスタレーションによって再構築した作品。

2013年11月、奈良・町家の芸術祭HANARART2013、来迎寺(奈良)『Torus Dreaming』

会場配布資料

『夢のアルケー』— 桜井でのインスタレーションに寄せて —
岡田 彩希子

 

あるひとが、目の前でシンバルを鳴らす人をみていました、そのじつそれは、けたたましい目覚ましを聞く人の夢でした。

 

このことに、わたしはとあることを思い出しています。それは、箱の中に入った物や小動物などを、その箱の一部にあけた穴から腕を入れ、触る事で当ててみるという、ひとつの遊びです。

 

この、夢と現実の関係、はたまた箱を隔てた“何か“とわたしたちの関係は、あたかもわたしと、わたし以外の“誰かの記憶“との関係のようでもあります。

 

個と、自分以外の誰かの記憶との繋がり。それは、近しく両親や親戚、兄弟姉妹、またわたしたちをとりまく地域の記憶から、はては海を越えた世界の人々の記憶との繋がりにまで広がりをみせます。もしかすると、なかったはずの記憶も、そこに繋がっているのかもしれません。このわたしたちの記憶でない誰かの記憶群は、自身の記憶以上に、わたしたちを他者に結び合わせ、また“わたし“を、当の“わたし自身“に繋ぎ合わせていることに気づかされます。

 

桜井の様々な記憶に触れ、桜井にかつてあって今はもうないものや、桜井が諸々の文化のはじまりの地であること、またその桜井のもつはじまりと、固有の記憶を持つわたしの、日本に生まれたこととの結ぼれを想いました。

 

現実を受信する自分と、夢の中でそれを感受する自分、箱の中の諸々と、箱の外から中に触れてゆくわたし。夢のアルケーを辿るかのように、他者に向かうそのうごきは、トーラスとなり自と他を循環してゆきます。桜井で愛されるここ来迎寺にて、美しく格式の高い玄関の間をおかりすることができました。このような循環のひとつのリアリティを、地域と豊かな文化の交差するこの空間において、インスタレーションしたいと思います。