《Le jardin de la douleur》(2017)

邦題「痛みの庭」。フランスで精神分析を受けた翌日撮影された、被分析者が閉じられた空間で自らの顔を覆う写真からはじまり、ラカンに手ほどきを受けた精神分析家Aのウェイティングルームの空間にて閉じる映像作品。この、フランスに在住して作品内では不在の精神分析家Aとの分析関係から生じた被分析者の存在への問いがテロップに表示され、作品撮影にあたってアドリブで問いに連想する日本の精神分析家B、またかつてBと精神分析していた被分析者との今はなき分析関係を映像上でのみオーバーラップさせ、それぞれ別々の場所、虚実をない混ぜにした被分析者の語り、作家(岡田)に向けた精神分析家B自身の単独の被分析者的な自由連想などを映像的にコラージュし、少しずつ組み合わせをずらして編集することで、虚−実の関係を映像表象の水準に導き、そこから偶発的に与えられた冒頭の問いへの答え、すなわちBの単独の連想の帰着を、分析主体の存在意義に対する回答として成立させるまでの過程を提示することで、神経症的、あるいは妄想的な、「話す主体」に襲いかかる存在の意味の回帰の様子を作品化したもの。

2017年12月
「非在の庭」出品、アートスペース虹、京都

作品内ショットより